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『ドロップフレーム』4巻(最終巻)を読んだ

今年の初めごろに2巻まで読んで感想書いたマンガ『ドロップフレーム』の4巻が出たので読んだ。最終巻。

ドロップフレーム: 4 (REXコミックス)

ドロップフレーム: 4 (REXコミックス)

 

 

前書いた感想

読んで、「どうしても感想をまとめたい」という欲求が出てきたので勢いに任せて書く。ネタバレあると思うし、長い。

 

 

 

僕、この4巻で4回驚いたんです。読む前、読んでる最中、最終話、読んだ後。

 

まず読む前、4巻で完結って聞いて驚いた。前の感想で「雰囲気的には6,7巻くらいまで続く気がする」って書いてたし、3巻読んでた感じだとまだ終わらないかなと思ってたので、唐突に完結って聞いてちょっとびっくりした。発売してから一週間くらい気づかなかったし。それ自体は別に予想を外したってだけだったし、少しびっくりしただけで普通に読み進められた。

 

で、読んでる最中にもう一度驚きがあった。この手の作品では「絶対にだまされないぞ」と思いながら読むのだけど、そんな気合もふっ飛ばすかのように騙されまくってることに気づいたから。前の感想でこんなこと書いてる時点で思いっきり騙されてるんですよね。

日記に書かれていない範囲は、「出来事」と「日付」を紐付ける必要が出てきます。改めて読み返すと、ところどころそういうのを感じさせる伏線が張っているように見えます。(「8月2日は雨がふるらしい」とか「8月12日は動物公園に行く予定」とか)

 騙されはしたものの、すごい気持ちのいい騙され方だった。1巻から張ってて、こっちはそれを読み切ってるつもりだった伏線に見事にやられたのだから。

 

けど、最終話の驚きはそんなものよりも遥かに上だった。

 

正直なところ、この手のタイムリープ&過去改変的な作品は、「伏線を回収しまくって最後にパチパチっとハマって爽快に終わる」ものだと思ってた。シュタゲの影響が強いかもしれないのだけど、それが「作品」というものだと思ってた。けどこの作品の最終話で、それが自分の勝手な思い込みだったってことを気付かされて、自分がいかにステレオタイプな価値観しか持ってなかったんだってことを思い知ったんです。

正直なところ、良い終わり方ではない。疑問点は残るし、後味は悪いし、意味がわからない(意味わかんなさすぎて犯人に憎しみすら覚えないんですよ)し、何より絶対に好きになれない、認めたくない。けど、そう思わせることこそがこの最終話の目的(もはや自分がそう思っているだけで本当はそうではないのかもしれない、それくらい自分に自信が持てなくなる)だし、この最終話を認められないことそのものが、この作品に負けたことを意味するように感じられるのだ。このラストは好きになれない、けど、だからこそ、このラストはとんでもないシーンだって、そう思うんです。マンガを読んでこんな気持ちになったのは初めてです。もはや敬意を表さざるを得ない。

 

全部作者の手のひらの上だったんですよ。ちょっとめちゃくちゃネタバレなので、文字色を白にします。古典的なやり方でスマン。

最終話で、希のセリフに「今の流れでいけば ヒロインが犯人だったっていうフツーの流れを 実は主人公が犯人でした!ってビックリさせられるじゃん!」というのがある。このセリフは希たちが撮ってる映画の話だけど、これがそのまんま読者の僕らにあてはまる。途中、というか第一話の時点でルウに怪しさを感じさせるシーンがあって、まんまと「こいつ何かあるな」と思わされてたし、途中で閏之介自身(もしくはオーバーラップしてきた閏之介)がなんかやらかすのでは、と思ったこともあった。

「友人Bが犯人とか(中略) 伏線に惑わされてみんな推測する中で「主人公が犯人かも説」は出尽くしちゃってる(中略) じゃあもうまったく伏線なんかないとこに犯人作っちゃえばいいじゃん 観客はガッカリすると思うよ いろんな意味でね」

この熊谷のセリフがヤバい。本当に、このマンガを読んでるところをずっと作者に見られてたんじゃないかって思っちゃうくらい、こちらの考えが読まれてる。「ガッカリする」ところまで。

恥ずかしながら熊谷が犯人だっていうのは思いもしなかった。自分がミステリー慣れしてないからか、熊谷の「演技力」にやられたのか、傘のシーンまで彼のことを少しも疑ってなかった。最終話は全部!読者であるこちらに「おまえは騙されてたんだよ」とネタばらしをするだけの回だったんだ。

思えば前の感想で書いた1巻の最後の演出にもある通り、最初からこのマンガは読者をおちょくるマンガだった。いつからこのラストが決まっていたのかはわからないけど、それにまんまとやられた。めっちゃ悔しいんだ。

 

で、「やられた。。」と思って余韻に浸ってたところで、ふとした拍子に作者のブログを読んだ。

 

 

マジか。。 というのが最初の感想だった。もしかしたら「驚き」とは少し違うかもしれないけど、それでもこの作品が「打ち切り」だという事実には少なからず驚いた。ここみたいな零細ブログの感想記事にも細々と人が来てたくらいだから、そこそこ売れてるもんだと思ってたから。

 オーバーラップの設定は確かに最初唐突感があったものの、作者の言うとおり「エンターテイメント性」として面白く読むことができた。深く考えると「どうなってんだこれ?」という部分はたしかにあったけど、それはそれでこの作品として重要な部分だったと思う。

このブログを読んだ後、もう一度最終話を読むと、作者がどうにかこの作品をまとめるために苦心して生み出したラストシーンだったのでは、とそんな気がするんです。誤解を恐れずに思ったことを言うならば、作者はこの作品を終わらせる「言い訳」としてこの最終話を生み出したのではないか、「ディレクターズカット」というタイトルに載せて。そう思ってしまうのです。「ディレクター」は作者自身を指していた。

けど、そんな大人の事情(と言ってしまうのは大人げない)のなかでこんな最終話を生み出すことができたのは本当にすごいと思うし、自分の中では唯一無二と言ってもいい作品になった(念の為に書いておくけど、自分は電子書籍でこのマンガを買って読んでいる)。その体験には、とても感謝している。

 

 

最初は「うっすい恋愛漫画だなあ」と思って読み始めたこのキャラクターたちも、終わりまで読んでみるととても愛らしく思えてしまう。願わくば、「この作品の中で」彼らが幸せな日常を過ごせることを。

キャラクターにはとても愛着があるんです。みんな高校生らしく、どこか不器用で、前向きで、可愛らしい。まだまだ描いていたいです。できれば残酷な事のない、平和な日常の中で。

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