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2017年正月 Googleの「やりたい」CMにGoogleの限界を感じる

日常

ふだん全くと言っていいほどテレビを観ないのだけど、正月に実家帰ると映っているのでどうしても見続けてしまう。

で、正月の初めにGoogleがCMを流していたのを見て、なんかもやもやすることがあった。

 


Google アプリ:今年は「やりたい」からはじめよう 篇

 

新しい年。あなたは何をやりたいですか?

「フルマラソン完走したい」「カメラを習いたい」「高級な寿司が食べたい」
今までやれなかったことでも、ふと思いついたことでも、
「やりたいこと」を、そのまま Google で検索すれば、2017年の第一歩になるかもしれません。
さあ、今年は「やりたい」からはじめよう。

まずは、アプリをダウンロードしてください。

YouTubeキャプションより

 

一年の始まりらしく、「今年はこんなことをやりたい!」と思ったことに対して、「Googleなら新しい一歩を踏み出す手伝いができるかもしれない」というメッセージであるように見受けられる。その「やりたい」も、「志望校に受かりたい」「フルマラソン完走したい」といった具体的なものから、「ダンスが上手くなりたい」「自分を変えたい」といったやや抽象的なものまで様々である。

 

ちなみに、このCMで出てくる「やりたい」のいくつかを実際にGoogleで検索してみるとどんな結果が出てくるのか。

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「志望校に受かりたい」の場合、志望校に合格するために必要な勉強法や思考、反面教師として受験に失敗する受験生の特徴が載っている主にブログが表示される。

 

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「フルマラソン完走したい」の場合、ミズノ公式のトレーニングメニューページや過去の経験談などを語る主にブログ記事が表示される。

 

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「高級な寿司が食べたい」の場合、retripやぐるなびなど、キュレーションメディア?的なものが表示され、オススメ高級寿司店や、高級寿司を食べに行くときのちょっとした作法のページなどが表示される。

 

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「ダンスが上手くなりたい」の場合はだいたい「志望校に受かりたい」と同じで、ダンスが上手くなるために必要な情報が掲載されている主にブログが表示される。ちなみに、ダンスってブレイクダンスとかバレエダンス、社交ダンスとか色々ありそうな気がするのだけど、どれかに特化したものではなく、「練習有るのみ」「身体の使い方が大事」みたいなどれにでも当てはまりそうなものが上位に来ている印象(たまにブレイクダンス動画みたいなのが表示される)。

 

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「自分を変えたい」の場合、予想通りだけど「自分を変えたい人に送る名言」みたいなやつとか、「まずは自分を知ることから始めましょう」みたいな自己啓発系のブログとかキュレーションメディアとかが表示される。

 

まあ人やデバイスによって検索結果は変わるだろうけど、概ねブログやキュレーションメディアが多く表示される印象がある。さすがのSEO対策の盤石ぶり。

 

ただ、まあこれ読んで自分が変わるか?と言うとまあ変わらんだろうな、という感じだし、「志望校に受かりたい」なんて頭悪そうな検索をGoogleにしている高校生が難なく志望校に受かることができるか?と言うとまあ大変そうだな、という感じ。正直なところ、Googleが「やりたい」を叶えてくれるか?というと怪しいところがあるな、と思う。「高級寿司食べたい」という人に都内の高級寿司リストを出すのが一番叶えてくれてる感がある。

 

あと、これはたぶん昔からGoogle検索に対して言われていることだと思うけど、「Googleは顕在的なニーズしか満たしてくれない」ということが気になる。

 たとえばCMの中に「別府温泉に行きたい」と語るおばちゃんがいるが、このおばちゃんはなんで別府温泉に行きたいのだろうか?このおばちゃんはすでに「別府温泉に行きたい」という希望を持っているので、Googleで「別府温泉に行きたい」と検索して行き方やおすすめの宿やグルメを調べるのだろう(ちなみにPCのGoogleサイトで「別府温泉に行きたい」と検索すると現在地から別府温泉までのルート検索が表示される)

Googleは「別府温泉に行きたい」というおばちゃんに対して「いや、別府よりも黒川温泉があなたにはおすすめですよ」という提案はできない。もっと言うと、「なんかリフレッシュしたいな」と思いつつも温泉という選択肢を思いついてもいない人に対して「別府温泉行くと良いと思うよ」という提案はできない。あくまで「別府温泉に行きたい」と思った人に対して「別府温泉に行くための情報」を提供することしかできないのである。

 

こんな話は何年も前から言われていて、その弱点をカバーするものとしてキュレーションメディアとかが隆盛を誇ってきたけど、その過剰さ(世の中にある漠然とした広いニーズからなんとかして自社記事に流入させるために取られた施策のいろいろ)が問題視され始めたのがここ最近の話なんだと思う。

 

最近のキュレーションメディアの問題は置いておくとしても、「検索」では提供できないものを提供するための方法は種々検討がされている。が、そんな2017年にあたって、Googleが打ち出してきた冒頭のCMがどうにも時代遅れ感を強く覚えてしまう。

Google Nowも最初はおお!と思ったけど結局実用的かと言われるとなんとも言い難い感じだし、やっぱりまだ世の中は検索を中心にまわっているのは事実ではあるのだけど、どうにもなあ。。という感じ。Googleの限界を感じる(Google日本法人のマーケティング戦略の問題かもしれないけど)。

 

じゃあどういうCMが流れていたらしっくりくるんだろう。Googleをきっかけに「やりたい」を見つけられる人はいないのだろうか?自分の「やりたい」が新しく見つかるというのは、そのまま人生の広がりを意味すると思う。いろんな統計解析すればそういうのも表現できそうな気がするけどどうなんだろうな。

 

なんか裏側での処理は劇的に変化してるのかもしれないけど、情報収集という体験自体は数年何も変わってないなあ、という気が改めてしてきた2017年です。あけましておめでとうございます。