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デイヴ・エガース『ザ・サークル』を読んだ感想。つながりすぎた人々のディストピア小説。

しばらく前に『ザ・サークル』という小説をKindleで読みました。いわゆる「SNS」がテーマである、さほど近未来とも言えないくらいの未来、もしくは現代が舞台の小説です。いちおうSFに分類されるのか?

あらすじ

メイ・ホランドは友人アニーの紹介で、誰もがうらやむイケイケ企業「サークル」(名前からしてGoogleを彷彿とさせる)に就職した。そこは社員みんなが「サークル」というSNSでつながり、自分の行動や興味を逐一シェアしていた。シェアをあまりしない人は逆に周りから心配されるようなソーシャルジャンキーな会社の中で、最初は戸惑っていたメイもそのうちソーシャルで繋がることに喜びを覚え始める。そんななかでも少しはソーシャルと距離を置いていたメイだったが、ある事件をきっかけに、「繋がりすぎる」世界に身を置くことになる。そんな繋がりすぎる世界は、メイだけでなくアニーや周りの人たちも巻き込んで止められなくなっていく。

そんなお話です。乱暴に言うと、世を賑わせているソーシャルに対する風刺的な意味合いが強い小説です。「それはないでしょ」的なかなり極端なシーンもあれば、「あ、なんかわかる」的な妙にリアルなシーンもあり、そのバランス感でわりと軽快に読めるなーと思っていたら、最後の方は寒気がするようなソーシャルで優しい世界が描かれています。

読んでみて思ったこと

作品のなかで象徴的なフレーズがあります。
「秘密は嘘。分かち合いは思いやり。プライバシーは盗み。」

(中略) 友人やあなたの息子のガンナーのような人にわたしがした経験を拒むことは、その人から盗みを働いているも同然です。彼らの権利を奪っているのです。知識は基本的な人権です。人類が経験しうるすべての経験への平等なアクセスは、基本的人権です。」

『ザ・サークル』第一部

この考え方はある意味では真実だと思います。誰かが知ったこと、行ったこと、考えたこと、それらは人に伝えられなければ、存在しないことになってしまいます(伝えるために本や言葉などの媒体が存在する)。小説でも描かれている通り、「ある病気で苦しんでいる人に、その対処法を伝えない(シェアしない)ことは、もはや罪である」と言いたくなるのもなんとなくわかります。けど、僕たちはそれを気持ち悪いと思ってしまいがちです。誰にだって人に言いたくないことはあるし、自分の見たことしたこと感じたことすべてを隠さずさらけ出すのはなかなか難しいものです。

なぜ、僕たちはすべてを人にさらけ出すことができないのでしょう。
考えるに、その理由は人がみんな完璧ではないからなのだと思います。

例えば先ほどの例、「ある病気で苦しんでいる人」に、善意でその対処法を教えてあげるとします。もしその対処法が間違っていて、その人がさらに苦しむことになってしまったとしたら、その人は間違った対処法を教えてくれた人を恨むかもしれません。教える側は、間違った対処法を教えてしまい申し訳ないと思い、今後同じような状況になった時にそれを教えることをしないかもしれません。間違ってしまう愚かさ、間違った人を恨み責めてしまう愚かさ、それだけではありませんが、そうした不完全さが、人同士が隠しごとなくすべてをさらけ出すことにストップをかけてしまっていると思います

電話番号を替えておきながら新しい番号を知らせないなんて、なんてけんか腰なのだろう

『ザ・サークル』第二部

「ザ・サークル」のなかでも、そうした人間の不完全さが描かれています。サークルの社員になったメイに、自分の娘もサークルに入れてくれるよう助力をしつこく求める男性や、相手が単にメッセージを見逃していただけという可能性に思い至らず、指定の場所に来なかった相手を激しく叱責する同僚など、ちょっと頭がおかしい人がいくらかいます。

要するに

繋がりすぎる社会の根本にあるのは、圧倒的な性善説「人はみな愛しあわなければならない」という暗黙の義務です。個人的には人間は善なるものではないし、みんなが愛しあう必要なんてこれっぽっちもないと思っています。
逆にそれは人間の進歩を止めてしまう恐れがある。いまいる場所の居心地が悪いからこそ、そこから抜け出すために努力を行う、それは周りの人間も含めてです(人間関係を断ち切るという意味ではない)。
人間の不完全さこそが、人間の最大の美点であり、そのことを見落としたシステムは、遅かれ早かれ破綻を起こします(サークルの世界も、その後いずれ破綻するのでしょう)。

余談

サークルのカスタマーセンター(作中では「カスタマーエクスペリエンス」とよばれている)に来た問い合わせに「自分のウェブサイトを訪れた客が他に訪れた商業サイトすべてをまとめたリスト」を求めるものがあり、それに対して即座に求める情報を回答する、というシーンがありましたが、地味にとんでもないことだと思いました。これも「プライバシーは盗み」の考え方の賜物です。