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なぜPASMOやSUICAは券売機で「タッチ」してチャージできないのか、考えてみた

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普段PASMOのチャージは駅の券売機で行うことが多いのだけど、なぜ券売機はタッチでチャージできるようにならないんでしょうか。
普段PASMOをパスケースに入れているので、チャージの時にそこから出さなければならないのは非常に手間でその都度イライラします。コンビニのレジではタッチでチャージが出来るので、技術的にできないわけではないはずです。ではなぜ駅の券売機はタッチでチャージできるようになっていないのでしょうか。

ちょっと考えてみた

まず、人が券売機でPASMOのチャージを行う手順を確認します。

  1. 「チャージ」を選択する
  2. カードを挿入する(①と②は逆の場合もあり)
  3. カード残高を確認する
  4. チャージする金額を選択してお金を入れる
  5. チャージされる
  6. カードが出てくる(場合によっては領収書も)

これらの手順の中で、カードと券売機の間の通信が発生しているのはおそらく③と⑤です。つまり、一度チャージを行う間に2回の通信が行われていることになります。そこから見えるのは、「2回の通信の都度PASMOをタッチさせるのはユーザーにとって面倒なのではないか、ならばはじめにカードを挿入させることで、手間を減らせるのではないか」という券売機設計者の配慮です。

問題は「チャージ金額の選択」にありそう

ですが、別に③と⑤は同時にできないわけではない。自動改札機ではタッチの際に運賃をPASMOから差し引き、残った額を表示しています。あのタッチの一瞬の間にできることが、券売機でできないはずがありません。

おそらくここで問題になるのが、「④チャージする金額を選択する」です。ユーザーはここで1,000円〜10,000円でチャージ金額を選択することができます。(少し前から10円単位でのチャージが出来るようになり、小銭しか持っていない人にとって便利になったそうだけど使ったことがない)
上で示した写真では、現在のカード残高を確認して、チャージする金額を選択することができます。つまり、「もう残高が少ししか無い!」というときは多めに、「まだ余裕があるな」というときには1,000円だけ、というような調整がきくわけです。

人はチャージ金額を毎回変えているのか?

ここで一つの疑問が。ユーザーは「チャージ残高を確認し、その額に応じてチャージ金額を変える」ことをしているのでしょうか。

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上の画像はぼく自身でネット上で「カードにチャージするときには毎回金額を決めているが、都度都度金額を変えているか」というのを簡単にアンケートをとったものです。結果は3分の2の人が「毎回同じ金額をチャージする」と答えています(ちなみに先日、とある駅の券売機前に立ち、チャージする人の様子を観察してみましたが、多くの人がほぼ迷わず1,000円もしくは2,000円をチャージしていました)。
当然、83人の回答結果、しかもあまりに乱暴な設問なので、信憑性があるかないかで言うとほとんど無いです。しかし、直感的に考えてみると、実際残高を確認して、それによってチャージ金額を変える人、というのは少ないのではないでしょうか。

新しいチャージ手順を考えてみた

これまでの話を考えると、PASMOのチャージの際には「カード残高を確認する」という手続きは必要ない、という考え方もアリだと思います。そうすると以下のような手順となり、カードと券売機の通信は1回だけ。タッチでも特にユーザーに不便はなくなります。

  1. 「チャージ」を選択する
  2. チャージ金額を選択してお金を入れる
  3. カードをタッチする
  4. チャージされ、チャージ後の残高が表示される

当然、3分の1の人は残高を確認してチャージ金額を決めると答えているので、単純にこうすればよいというわけでもないし、全く違う理由からカードを挿入するという方式が取られている可能性もあります(もしかしたら挿入のほうがカード取り忘れが少なくなるとか)。ですが、こちらの方が圧倒的に使いやすいのではないかととりあえず思います。

思ったこと

なんにせよ、いまのあらゆる仕組みは、何かしらの理由をもって作られているはずです。その仕組みが存在する理由を解明してはじめて、それに代わる新しい仕組みを考えることができるのではないでしょうか。
今回では「なぜ挿入という方式がとられているのか」を仮定し、その理由に対して「本当に今、それが妥当なのか」という検証を行うことで、「やっぱりタッチでもいいのでは」という結論に至ることができました。その一連の流れ無しに、「なぜこうなっているのか分からないけど変えよう」としてしまうと、今の仕組みによってうまい具合に為されていた何かが崩れてしまう恐れがあることを、常に意識して置かなければなりません。