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「猿の惑星」をいまさら初めて観た感想

昨日の夜中に初めて「猿の惑星」を観た。
まあ一番ラストのネタバレは知ってたので別に「えええええ!?」的なことはなかったけど、やっぱりそれなりに面白かった。

とりあえずクスっときたのは、猿たちが「猿芝居はもううんざりだ」とか「見ざる聞かざる」とか「さるぐつわをかませろ」とかの言葉ををまるで狙っているかのように使っていたこと。まあ狙っていたんだろうけど、これって英語ではどのようなセリフになっているのだろうかが気になって調べてみたら、「猿芝居」を英語にしたら普通に「monkey show」なのね。多分どっちかの言葉が先にあってそれが輸入されたんだろうな。

最近、海外から来たものが日本と同じと同じ文化的価値観(?)をもっているのにちょっと驚くことがよくある。この前コンビニで「RAINBOW」なる韓国のニューカマー7人組アイドルグループのポスターを見かけたのだけど、それを見て「あ、韓国でも虹は7色なのか」とちょっと驚いた。日本でもかつては5色だった地域もあるらしいし、レインボーフラッグは6色だ。韓国で虹が7色なのは偶然なのかな。日本統治時代に7色だという認識が浸透したのかな。

テイラー文化人類学者的な雌猿に「何か書くものを貸してくれ」ってジェスチャーはもうちょい簡単に出来ただろうに。虐げられる様子をもうちょっと撮りたいっていうのがあったのかもしれないけどなんかあのへんイライラしてしまった。
けど、テイラーとそれ以外のヒトとの差別化はうまいこと出来てた気がする。檻の中でバトルしてたときもテイラーは妙に手練れてる感じだけど他のヒトは突っ込んでくるだけだとか。言葉が喋れないとかだけじゃなくてそのへんは結構わかりやすかった。

結局最後まで存在意義のいまいちわからなかった女のヒト(妙に美人。思うんだけど知性なくしてる動物にあんな知的な顔つきがありえるのだろうか。表情はあどけない感じを出してはいたけども。実は知性は失ってないのかな。馬とかも早々に乗りこなしてたっぽかったし。)も最後のシーンでやっと「あ、このシーンのためだけにここまでこのヒト連れてきたんだなあ」って思った。自由の女神見て、そこが未来の地球であること、そしておそらく自分たちヒトが(多分文明を発達させすぎて)地球を荒廃させてしまったことに気づいて嘆くそばで、そのヒトの子孫でありながらなんのこっちゃわからずキョトンとする女のヒト。この女のヒトなくしてあのシーンはここまで強烈なものにはならなかった気がする。それまでに妙に2人が心通わせてる感じになってることも含めて、ラストシーンのための演出ですね。「おおーっ」って思った。

ただ、ラスト自由の女神見つけた時にテイラーが「これは・・・自由の女神・・・」的なことをつぶやくのは、なんでそんなセリフ入れたのかちょっとよく分からない。そんなこと見ればわかるし、自由の女神の全体像がカメラに映る前にそんなことつぶやいて、その瞬間がえらく弱くなってしまったんじゃないだろうか。あれはいらなかったなあ。

結局のところ、物語の中でテイラーともっとも分かり合えたのは、女のヒトでも学者さんでもなく、敵役っぽい一等書記(?)なのでしょう。女のヒトはラストシーンでテイラーとの圧倒的な溝が露見したし、雌学者さんはテイラーのキスに対して「だってあなたは醜いから・・・」と躊躇うシーンがあった。一等書記がテイラーに対してネガティブな感情を持っていたのは社会的秩序を守るためであり、もしかしたらかつての文明を知っていたからであり、決して生理的なものではなかった。それに対して雌学者さんは「醜い」という生理的嫌悪感からテイラーを一瞬拒絶し、そのような感情をもった自分を戒めるが如くテイラーのキスに応じる。決して自分とテイラーを同じ土俵に置いてはおらず、その点で見ると一等書記は明らかにテイラーを平等に扱っていた。そのあたり現実の人間社会でも、対応の仕方と精神的な取扱方の一致のしてなさがあるのだということの表示なのかもしれない。それともしかしたらルシウスもテイラーと分かり合えた一人かも。よく分からなかったけど。

全体通して思ったのは、すごく危ういバランスをギリギリの所で行っている作品だなあということ。それは「リアリティ」と「映像的魅力」のバランスかもしれない(これはどの映画でもそうなのかも)し、登場人物の思想的矛盾かもしれない。そこんとこまだよく分からないけど、ここまでギリギリのところを突いて、結果魅力ある映像に仕上がっているというのがこの映画が名作たる所以なのかなと思った。