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『チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地』で遊んできた

『チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地』を体験しに、お台場の日本化学未来館に行ってきました。
会社でも「面白い」って言ってる人も多く、面白そうだったので期待大で行ってきました。期待以上に楽しかったです。

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展覧会入り口。土曜の昼過ぎに行って20分待ちくらいだった。意外と空いてたかも。

踊る!アート展

この展覧会は「踊る!アート展」と「学ぶ!未来の遊園地」の2部構成となっているらしく、はじめは「踊る!アート展」からでした。
日本画の超主観的構成をデジタルで再現する」がテーマだったようで、一般的なデカルト的遠近法による3DCGとは違った雰囲気の絵を展示していました。

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「Flowers and People, Cannot be Controlled but Live Together, for Eternity - Tokyo」。入ってすぐの展示。人の動きで花が散ったりするらしいけど、人が多すぎたからかいまいち実感できず。ただ美しい空間は実現されてた

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Nirvana」。日本画の視覚性として「分割された視覚」というのがあるらしく、複数台のプロジェクターで映す巨大ビジュアルによってそれを表現していた。ただ、プロジェクターによる展示の限界というか、プロジェクターそのものが1点から光を照射して像を映す仕組みのため、どうしても日本画の超主観的視覚性が完全に再現できない(日本画の視覚性についてはもう少し勉強しなおさないと分からない部分が多いけど)。

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プロジェクター展示の限界。プロジェクターの境目では目の前の人物の影が切れてしまい、複数モニター間の連続性が失われてしまう。もともとテーマとして掲げられている「日本画の視覚性の再現により、描かれている対象と鑑賞者の一体感」的なものが少し損なわれてしまう。そもそも影が映ってしまうことが、描かれる対象と鑑賞者の間の「存在論的な切断」(アン・フリードバーグ)を明示してしまう。

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「追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして分割された視点」。ひとつの映像を、奥行きを持って並べられたスクリーンに分割して投影することで、ふつうの平面絵画・映像とは異なる、空間体験としての映像体験を提示している。そもそも日本画的な視覚性に「視点」という言葉はありえるのだろうか。

学ぶ!未来の遊園地

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こちらはアート、という感じではなく、どちらかというと体験型のゲームみたいな感じでした。

3Dお絵描きタウン

チームラボによる作品動画

紙にクレヨンで描いた絵が、そのまま映像の中に現れる。周りの子供たちは自分が描いた絵が動いているのを見ておおはしゃぎ。
それに混じって20代半ばの男子3人もはしゃいできました。

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某氏。ちなみに某氏とぼくは同い年なのです。

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3Dになった某氏。スキャンした画像をそのままマッピングしてるだけのシンプルな仕組みとはいえ、こういったインタラクティブな形になるととても楽しい。まさにアイデアとテクノロジーの勝利。ちなみに触るとちょっと動く。

こんな感じでわーわー騒いでました。ただ描いた家はいつまでそこに居続けるのだろうと思っていたところ。突然映像内にゴリラ(?)が!描いた家は無惨にも踏みつぶされてしまいました...

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某氏の最期。いつもは踏みつける側なのに踏みつぶされてしまった。

ほかにもブロックを転がしたらそこに線路がひかれ、大型スクリーンにもそれが現れる、といった展示など、kinect(多分)とかを使って鑑賞者の動きを取り入れていく展示がいっぱいありました。子供からしたら遊園地に来た気分だろうな。

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行ってみて

はじめは「そんなたいしたもんじゃないだろう」とタカをくくってたのですが、行ってみると案外楽しい(バカな男3人で突入した、ということもあるだろうけど)。デジタルエージェンシーを名乗る会社で勤めているものの、こうしたテクノロジーを使えばどれだけ人を楽しませることができるか、ということは正直知りませんでした(Webサイトばっかり作ってる、というのもあるけど)。もうちょっと、新しいインタラクションによる体験の豊かさについて、深く考えてみる必要がありそうです。