読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なぜ「understand」で「理解する」なのか?

英語に対する不思議なことはいくつかあります。
なぜ「Wednesday」のdは発音されないのか?とか、なんで「October」はタコっぽい名前なのに10月なのか?とか。
(カエサルアウグストゥスが自分の名前を押し込んだ「July」と「August」によって、もともと8月だった「October」が10月になった、という話をきいたことがあるけど本当かどうかは知らない)

そんな不思議なことのひとつ、なぜ「under + stand」で「理解する」なのかというものがずっと前から心に居座っています。どう考えても「下に立つ」という意味に見えるのに、なぜか「理解する」という妙に難しい日本語に訳される。どうしてそんなことになったのか、考えてみました。(学術的根拠は一切ありません)

ちょっと調べてみた

まず、「understand」という言葉の辞書的な意味を改めて調べてみます。今時っぽくWebの英和辞書です。

[動](-stood)(▼進行形不可)(他)

  1. [III[名]/wh-節/wh- to do]...を理解する,の考えをつかむ,〈...ということを〉了解する,...がわかる
  2. [III[名]/that節/V[名]to do]*1...を聞いて知っている,と理解している
  3. [III[名]/that節]...と解釈する,見なす;[V[名]to do]...が(...することと)解する;[V[名]as [to be][名][[形]]]...を(...であると)解する
  4. *2...を(特定の方法で)解釈する;〈語句などを〉補って解釈する;〈語を〉略す

出典:goo辞書

その他の意味もありますが、おおよそ分かっていた通り「理解する」「解釈する」といった意味のようです。ついでに「理解」という言葉の意味もWikipediaで調べてみると「物事の理由、原因、意味を正しく知ること」とあり、意味を引っ張ってみることで新しい発見はなさそうです。

類語から考える

方向性を変えて、同じような意味の言葉から考えてみたいと思います。
「understand」と似た意味の言葉はいくつかありますが、一番日常的に使われるのは「I see」ではないでしょうか。「わかった」です。
よくよく考えると、この「I see」も、普通に考えたら「見る」というだけなのですが、なぜそれが「わかる」という意味で使われているのでしょうか。「見る」と「わかる」の関係性から考えてみるのがよさそうです。

「見る」=「わかる」ということ

ここからは「視覚」に関する歴史の問題に入ってきます。
かつて、17世紀の後半から18世紀にかけて「啓蒙時代」と呼ばれる時代がありました。16世紀の宗教改革を経て、聖書や神学といった従来の権威を離れ、理性による「知」によって世界を把握しようとした時代です。(そこで手に入れられた「個」というものが発展し、18世紀、19世紀の市民革命へと繋がります)
つまり、世界を「神がつくられし不可侵のもの」とするのではなく、「人間が調べ考えることで把握することができるもの」としてとらえられた時代です。

啓蒙時代には、ある大きな流れがありました。「百科全書派」と呼ばれる一派です。彼らはいわゆる百科事典を作成し、ある書物の中に「世界」を丸ごと閉じ込めようとしました。それまで「もの」というのは実際にそれが置いてある建築を訪れなければ知ることができなかったものが、書物を見ることによって知ることができるようになったのです。(そのため、「書物が建築を殺す」というヴィクトル・ユーゴーの言い回しがなされました) 本を読むことで世界のすべてを知ることができる、という時代が訪れたのです。

それと平行した啓蒙時代の特徴が、「解剖学」の発達です。
理性による世界の把握は人間自らに及び、人類は自らの身体を切り開くことでその内部の恐るべき緻密な構造を明らかにしました。つまり、いままで見ることのなかった身体の奥底までを「見る」ことで、人体の仕組みを「理解する」ことができたのです。解剖学に関連してか、造船や建築の「断面図」がおおいに描かれるようになったのもこの時期です。

f:id:toruyy:20160503193430j:plain

18世紀の建築断面図。この時代には、世界をそのまま収めたも同然の「百貨店」が、その構造を見せつけるかのごとく自らの断面図を店内に飾っていたこともあるのだとか。出典:Wikipedia「Charles de Wailly」

まとめると、啓蒙時代は「あるものの中に世界のすべてが詰まっており、その中を切り開いて「見る」ことによって、その対象、ひいては世界を「理解する」ことができる」と考えられた時代であると言えます。そのため「I see」が「わかった」という意味で使われたのではないでしょうか。

「understand」 = 「内側に立つ」

まだ今までの話では「I see」が「理解する」にはなりましたが、「understand」には結びつきません。「understand」には「見る」という要素が無いからです。
ふつうに訳せば「下に立つ」ですが、この「下」とはどこを指すのか。それはもしかすると「地球の内側」なのでは、と思うのです。Web辞書で調べてみると、じっさい「...の内側に」という意味もあるようです。Weblio英和辞書「under」
つまり、「understand」とは(語順はおかしいかもだけど)「内側に立つ」というのが文字通りの意味なのではないでしょうか。

「understand」とは、対象の内側から見渡すこと

「見る=わかる」「understand = 内側に立つ」という2点から考えると、「understand」という言葉が持つのは、対象の中に身を置いて、そのもの自身を内側から見通すという意味なのではないでしょうか。
それは啓蒙時代の価値観かにおいて、「対象を理解する」ことそのものです。

実際、「understand」という言葉がいつ頃から使われはじめたのかも、本当の語源もはっきりと分かってはいませんが、もしかすると、ある時代の文化的背景から生み出された、とても興味深い比喩表現なのではないでしょうか。

参考

*1:話・形式

*2:しばしば受身